みるく工房飛鳥通信 西井牧場のasukaの独り言
牛歩の遍歴 四十一歩目
街頭の明かりも無く暗闇の中を俺を乗せて一路、シェフが家へと向かう会話も無くひたすら走り続ける。車のスピードが早く感じられる「おい、おい、飛ばすよな」とKさんに言うと「こっちではこれが普通や、アウトバーンへ行ったら走り放題やで」と答えたまま、また沈黙に戻った。
しばらくすると車はスピードを落とし右折すると細い道に入った正面には門灯らしき明かりが一つ暗闇の中に光ってまぶしさを感じられた。この光景は昨年、北海道へ研修に行った時と同じように思え何だか親近感を覚えたのだった。
「さぁ、着いたで」とKさんは言いながらドアを開けた、シェフは車を止めるなりドアを開けて家の方に歩いて行ったかと思うと家の明かりがつき賑やかになったようだ。俺は荷物をトランクから出して引きずりながら玄関に向かった。入ると子供達がめいめいに話し掛けてくるが全く言葉がわからず、かなりのショックを覚えたのが記憶にある。ダイニングに通され椅子に座ると早速、日本から持ってきた土産を出し子供達に渡したのだが、確か「こけし」とか東大寺の絵を書いた壁掛けやスカーフなどだった気がする。とりあえずその日は遅くなったので挨拶も簡単に済ましKさんが部屋へ案内してくれた。2畳半位のこじんまりとした洋間だった。ここへ来て和室だったら笑いものだ。シングルのベットで羽毛布団が敷かれ向かい側にはタンスと机が置かれその間は人が通れるくらいの通路しかない。入って正面には奇麗なレースのカーテンをしてある窓が一つあり後で気が付いたのだが2重窓の出窓になっていてそこに花の植木鉢が置かれていて一人暮らすのには充分かなと思われた。疲れと安堵感からか知らないうちに眠り込んでいた。
ふと気が付くと窓から光が差し込んでいた。もう朝なのだ、窓を開き外を見ると朝露に光る草地の緑と、もやが少しかかった森の黒さでなんと新鮮な感じなのだろうと思わず感動したものだった。この部屋は2階なので眺めも良く森の遥か向こう側に高く切り立ってそびえるアルプスの山々の雪が太陽に反射してまるでダイヤモンドが輝いているかのごとく光っている。これがスイスなんだとようやく実感してきたのだった。
ぶ〜んと言うコンプレッサーの音が心地よく聞こえる、家に入ってくる道の脇に牛舎がある、そこから音が聞こえる「もう、搾乳が始まっているんや」俺はこの新鮮な気持ちに酔っている時間がもう少しほしかったのだが、あわてて服を着替え牛舎に向かった。